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【シドニアの騎士】アニメ最終回を許せない理由 このエントリーをはてなブックマークに追加

GUNGRAVEなんて中だるみや作画崩壊など酷いが、それでもあの最終回があるからこそ名作と言えるし、名作と思っちゃう(名作になりそこねた名作と書いたけどw)。
Gunslinger Girl 1期なんて1クールじゃおさまらないのわかっているから、原作じゃ平凡回だった話を音楽と構成と演出で見事に最終回に仕立て上げている。
るろうに剣心 星霜編なんてダイジェストも飛び飛び改変で酷いと思っても、あの音楽とラストシーンは泣くしかないだろ!!w
原作の展開と異なるのが問題なのじゃなく、原作の持ち味、重さが軽く、鋭さが丸く、説明過剰なのに場面展開が雑で、本当にこの作品はやべえんだ1作品として10年後にも残すんだという情熱もなく流れ作業で見せ場が無い最終回。
ドッグファイトも、格好いいと言われているが、格好いいだけで、物語の展開を決する場面じゃないとわかるから尺稼ぎにしか見えず夢中になれない。
最後の奇跡()の生還も、ただでさえ段取りが視聴者にもわかっているのに、それでも黙らせる絵があるわけでもなく、戦闘も生還も音楽は使い回し。
「前回までの」と「OP」で3分を無駄にして「ED」もいつも通り。
ED曲を流しながら映像は後日談にすれば、情緒もあるし原作ファンサービスも出来たのに。
その上でED曲が終わってから最後に「ながて」でfade to Black。
そしてCut to「タビハツヅク」だったら盛り上がったのに。

倫理や予算や尺の問題で出来ないこともあるだろうが、ある描写を省いて、描写が作品の指向を提示する場面だった場合に、描写を無くしてどうやって指向を意地するのか、そこが問題なのに、それをちゃんとやっていない。
アニメを面白かった人の中で「長道の命は消さないよ。シドニアの希望の光」を見て、本当に先が読めずイザナが死にそうに見えて興奮した人がいるだろうか?
最終回で、ある登場人物の生死に関する場面で、原作とアニメで一致した見せ場すら、色と動きと音声があるアニメで劣化して、アニメを面白いと思った人すら感動しない見せ場なんて見せ場だろうか?(アニメは見せ場として認識してなかったのだろうが)。

シドニアのアニメに腹が立った理由にシドニア自体とは別もある。
今じゃ何百億円かけたゲームや映画が簡単にやれる見られる。
その中で、アニメを見る意味なんてあるのだろうか?
それに、予算の問題としたなら、フランスのイリュージョニストやスペインのしわのように軽くて重い芯のある作品が日本で作られていたか?作られたとして売れていたか?
その視聴者の限界が、結局のところ作品の限界も招いている。
風立ちぬが映画で初動が良かったのだって内容不問のブランドだし。
見た後の感想は別。

それに予算で出来不出来を語るなら、ビバップなんざどうする。
TV版COWBOY BEBOPが最高で、映画版COWBOY BEBOP 天国の扉は最悪。
予算がありアクションが増え絵が安定しても、TVじゃ言わせなかった説明台詞、厨二描写。あれほど軽い乗りでありながら鋭く感じる理由、それぞれに核心を明かさずに行動で示したからなのに、それを台無しにした。
予算の問題じゃない。情緒の問題。

「アニメは子供が見るもの」と言われて久しいが、積極的に言われていた時代のほうが、実は重く鋭い要素があったように思う。
1つは単純に平和ゆえに活発化する規制があるが、もう1つは作家にとって意地があったのだろう。分野が不遇であるほど、職業に勝る思想があるからと思ったり思わなかったり。
それこそ、弐瓶勉がそういう作家なのだが。
その点で、シドニアの騎士は原作からして読者に媚びまくっている。描くよりも売ることが目的とはっかりわかる作品。
読み始めは引いた。
しかし、過去作品にも通じるどこかずれた、直球が変化球、変化球が直球という味があるから面白く今でも読んでいる。

ガンダムUC7を見た時も思ったが、日本のアニメは学芸会しか作れないのだろうか?
ちゃんとやってる人狼 JIN-ROHが売れてねえもんなあ…
折角、主人公と異なる「出来る大人」が存在するのに、大人の言動もまた子供と同じで、対比にならないし、相対的に子供よりも幼稚に見える。
纈を優先し判断と指示などが纈の仕事になった結果、小林は棒立ちのお飾り。
纈の幼い迷いや善人ゆえの弱さを一蹴する小林の命令を無くしたから、立っているのに立場が無い。いる必要が無い。

作品の味を薄めて、原作とは関係なく1作品として突っ走らなかった結果、ご注文はうさぎですか?と同程度の売り上げ。
作品の優劣じゃなく、客層が限られている萌え豚作品と同程度。
綾と綾音の秘密の光合成で豚を釣っても、この程度。

結局「面白い!!(でも買わない)」と切って捨てる便乗者を増長されるだけで終わってしまった。
有名になったのが良かったと言っても。
有名になっても買われず語れずじゃ意味ないだろ。
有名よりも浸透にこそ意味があるのだから。
といっても、弐瓶勉の年収は既に昨年を超えたらしいけどw

感想(考察) [ 2014/07/03 16:32 ]


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